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総合メディアセンター主催講演会「小田急本線の開通と町田市~ロマンスカーの登場まで~」を開催しました

[TOPICS]2012/01/26

Last Update: 2012-01-26

総合メディアセンター主催講演会「小田急本線の開通と町田市~ロマンスカーの登場まで~」開催報告

2012年1月23日
総合メディアセンター 山舘順

写真:山田敏明先生山田敏明先生

2012年1月20日(金)、17:00から、総合メディアセンター主催、鉄道愛好会、放送部協力による講演会「小田急本線の開通と町田市~ロマンスカーの登場まで~」がサレジアンホールで開催されました。講師は鉄道愛好家として知られている山田俊明先生です。

当日午前中は生憎の雪が積もり、主催者側を慌てさせました。幸いにも午後には雨に変わり、会場は聴衆の熱気に包まれました。

講師の山田先生は都立高校教諭としてご活躍されていました。また、多摩地域の鉄道史研究の重鎮であり、多数の著作の傍ら、現在も各自治体の社会人教室で教えておられる方です。学生たちともすぐに打ち解け、楽しいお話を展開されました。

お話は、先ず、ご自身の宇都宮市鉄道研究の歩みに触れられました。昭和30年代に日光線が電化される過程、長野県内に残る布引電気鉄道の雑草に覆われたホームと千曲川鉄橋跡の橋脚から鉄道考古学に興味をもたれ、これまで多摩を中心に多くの路線跡と鉄道史を研究されています。

写真:当日の様子当日の様子

本題である小田急線については、創業者である利光鶴松の話から始まりました。利光鶴松が若いころから町田周辺の自由民権運動とそれを担った地方の地主や名望家と深く関わっており、昭和二年の創業においても画期的な全線一挙の開通、路線配置と駅舎建築、そして現在の小田急町田駅周辺の施設など、会社が町田周辺を如何に重視しているかに触れられました。昭和十年代は苦難の連続であり、本格的な発展は戦後高度成長期の沿線宅地開発を待たねばなりませんでした。

現在廃園となった向ケ丘遊園には、今なお小田急関係資料や車両が実物展示のまま残されております。山田先生によって、小田急という私鉄の独自性と社風、その根幹にある創業者利光の個性が指摘されました。

山田先生の、単なるファンではなく読まれた資料を実際のフィ―ルドワークによって裏付けることで実証性を高めていくという方法論は、学問の作法としても司会を務めた筆者にとって大いに勉強になりました。

理工系である本校には、元来、学生はもとより教職員にも鉄道ファンが多く、専門学科の研究でも機械電子工学科の『中庭鐵道』や、実物の遮断機を使った学科ディスプレイなど、鉄道と関係するものが多く存在します。一方、学生も現在『鉄道愛好会』を結成して精力的に活動されています。今回の講演会にあたり、ポスタ―作成や掲示・宣伝など、自発的に多大な協力を惜しまずしていただけたことに感謝しています。彼ら学生のよろこびは一方ならず講師の先生を囲んで離さず、閉会時間は一時間オーバーとなるほどでした。 学ぶ喜びを学生と教職員共に共有できた得難い時間となりました。

この場を借りて講演会開催にご協力ただいた方々に感謝いたします。ありがとうございました。

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